東京地方裁判所 平成12年(ワ)3383号 判決
原告 破産者協電エンジニアリング株式会社破産管財人 川村理
被告 株式会社興菱
右代表者代表取締役 石鍋徹
右訴訟代理人弁護士 松丸渉
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金一九〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成一二年三月一四日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、破産管財人である原告が、破産者の支払停止後に担保物件を処分した売買代金により弁済を受けた被告に対し、破産法第七二条一号に基づき否認権を行使し、否認権行使による弁済金返還請求権に基づき右金一九〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成一二年三月一四日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実等(証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)
1 協電エンジニアリング株式会社(以下「破産会社」という。)は、電気設備及び搬送機器の設計、施工、保守等を目的とする株式会社であったが(争いがない。)、平成一〇年一一月二日及び同月五日に手形の不渡を出し、銀行取引停止処分を受け、平成一一年一二月二七日に東京地方裁判所に対して自己破産の申立てをし、翌平成一二年一月二八日午後一時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日、原告が右破産会社の破産管財人に選任された。(甲一ないし三、弁論の全趣旨)
2 被告は、食料品及び清涼飲料水の販売、金銭の貸付及び融資の保証等を主たる目的とする株式会社であり、被告に対し、平成八年ころから融資を行ってきた。(弁論の全趣旨)。
3 被告は、平成一〇年六月二三日、破産会社との間で、別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」という。)に極度額金五〇〇万円の根抵当権を設定し、同日受付で右根抵当権設定仮登記を経由した(以下、右根抵当権を「本件根抵当権」という。)。
4 破産会社は、平成一一年一月二八日、本件物件を株式会社リゾートネットワークに金一九〇万円で売却し、同日、右売却代金をもって被告の債務の弁済に充てた(乙三、弁論の全趣旨、以下、これを「本件弁済」という。)。
二 当事者の主張の要旨
【原告】
1 本件弁済は、支払停止後になされたものである上、一部債権者のみを優遇する偏頗な弁済であり、破産会社は、このような弁済によって、その他の破産債権者の利益が害されることは十分認識していた。
なお、本件弁済は、担保権を有する者に対する弁済であるが、破産会社は、平成八年以降、その業績が悪化し、平成一〇年になってからは、各種支払も怠りがちであり、そのため平成一〇年九月二日には取引先金融機関三カ所から仮差押えを受けるなど、担保提供の時期自体が既に破産会社の実質的危機時期に至っていることから、この点は、何ら弁済の偏頗性を覆すには足らないものである。
したがって、本件弁済は、破産法七二条一号の「破産者が破産債権者を害することを知りて為したる行為」に当たる。
2 よって、破産会社の管財人である原告は、本訴において、破産法七二条一号に基づき、破産者の被告に対する本件弁済を否認するとともに、被告に対し、否認権行使による弁済金返還請求権に基づき、右金一九〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告】
1 被告は、平成八年ころから破産会社に融資をしてきたが、平成一〇年六月に、破産会社から「担保を提供するので新たな融資をお願いします。」という申込があり、従来の返済経過等から、会社の収益から確実に返済を受けられるものと判断し、平成一〇年六月二四日、破産会社に対し、本件根抵当権の設定とともに、金二五〇万円を追加融資した。
2 被告は、平成一〇年九月ころから破産会社の返済が滞ったため、催促していたが、平成一一年二月頃、破産会社代表者から、本件物件を売却して返済したいという申入れがあり、被告としても、競売による返済よりも有利であると考えこれに同意した。
3 本件物件の売買代金は、金一九〇万円であったが、被告は、このうちの金一八〇万円の弁済を受け、残りの金一〇万円は、根抵当権設定仮登記抹消費用に金四万六九〇〇円、運営管理費に金六八二五円を充当し、残金四万六二七五円は破産会社に渡している。
4 以上のとおり、被告は、破産手続上別除権者として担保物件からの優先弁債権を有しているところ、担保権者への弁済は否認の対象とはならない。
また、本件根抵当権設定時においては、いまだ破産会社は実質的危機時期には至っておらず、本件根抵当権が有効であることは明らかであり、仮に、この時期に破産会社が実質的危機時期に至っていたとしても、被告は、その事情をまったく知らずに担保の提供を受けて融資したものであるから、善意無過失の第三者として保護されるべきである。
三 主たる争点
本件弁済が否認の対象となるか
第三当裁判所の判断
一 認定事実
証拠(甲二ないし一一、乙一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠は存しない。
1 破産会社は、昭和五四年六月一日に資本金一〇〇万円で設立され、その後次第に業務を拡大し、昭和六〇年七月に金二〇〇万円、平成二年四月に金八〇〇万円、平成三年一〇月に金一六〇〇万円、平成五年九月に金三二〇〇万円と増資を重ねてきた。
2 破産会社は、順調に業績を伸ばしてきたが、第一八期(平成八年六月一日から平成七年五月三一日)の売上げ(金三億九四一四万円)は初めて前年を下回り、第一九期の売上げ(金三億四八九八万円)もさらに下落したほか、急激な円高ドル安のため原価が高騰した結果、右二年間で約金三〇〇〇万円程度の損失を生じた。
3 被告は、平成八年ころから、破産会社に数百万円程度のつなぎ資金の短期貸付を行ってきており、平成一〇年六月時点では、金四五〇万円の貸付残高を有していたが、そのころ、破産会社から、さらに金二五〇万円の追加融資の申込があったので、本件根抵当権の設定と引換えに、同月二四日、破産会社に対し、金二五〇万円を貸し付けた。
4 破産会社は、平成九年に、同社が建築した住宅二棟で地盤沈下が発生し、補修工事に金一四〇〇万円を要したことから、さらに資金繰りが悪化し、金融機関からの借入れを断られる中、租税等の滞納も始まり、平成一〇年九月二日、訴外会社についてなした連帯保証債務(金三億円)に基づき、取引金融機関三カ所に対して預金等への仮差押えがなされたことから、債務の支払ができなくなり、同年一一月二日及び五日に手形の不渡りを出すに至った。
5 破産会社は、平成一〇年一一月から、弁護士に依頼して破産の申立ての準備を進め、債権者らにその旨通知するなどしていたが、予納金を準備できなかったため、平成一一年一二月二七日にいたり、ようやく自己破産の申立てを行った。
6 破産会社は、その間の平成一一年一月二八日、被告の同意を得て、本件根抵当権の対象物件である本件物件を第三者に金一九〇万円で売却し、右売却代金のうち、根抵当権設定仮登記抹消費用金四万六九〇〇円及び運営管理費金六八二五円などを控除した金一八二万〇七一四円を、右時点における被告に対する金二五〇万円の債務の一部返済に充てた。
二 前記争いのない事実等及び右一の認定事実に基づき、以下、争点について検討する。
1 本件弁済は、破産会社の支払停止後になされたものであることは明らかである。しかしながら、被告は、本件根抵当権を有しており、別除権者として担保物件からの優先弁債権を有しているところ、本件弁済は、形式上は物件の売買代金による弁済ではあるが、根抵当権者に対する、目的担保物件の価格の範囲内で、かつ、被担保債権の範囲内での弁済であるから、何ら他の破産債権者に対する有害性は認められず、否認の対象とはならないものと解すべきである。
2 原告は、本件根抵当権設定当時、破産会社が既に実質的危機状態であったから、本件弁済が否認の対象とされるべきである旨主張する。
確かに、前記一、2及び4の事実等によれば、本件根抵当権設定当時、破産会社は、売上げが低下してきており、他方、原価が割高になったことや事故の発生等により、資金繰りが悪化していたことが認められるものの、実質的危機にまで陥っていたものとまでは認められず、破産会社にとって決定的だったのは、訴外会社に対する連帯保証債務の履行請求に基づく、預金等の仮差押えであったものと認められる。
したがって、本件根抵当権設定当時、破産会社が既に実質的危機状態であったとまでは認められず、かつ、被告は、破産会社の内部事情について詳しく認識していたとは認められず(もし、被告が破産会社が既に実質的危機状態であると認識していたとすれば、追加融資は行わなかった可能性が高い。)、いずれにしても、原告の右主張は採用できない。
三 結論
以上の次第で、本件弁済は、破産法第七二条一号に定める否認事由に該当しない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡寛)
(一棟の建物の表示)
所在 北佐久郡軽井沢町大字追分字東鰍澤弐参番地壱
構造 鉄筋コンクリート・鉄骨鉄筋コンクリート造瓦葺地下弍階付弐階建
床面積 壱階 五〇八〇・〇九平方メートル
弍階 参五八壱・八参平方メートル
地下壱階 壱五六壱・八七平方メートル
地下弍階 壱壱弐壱・参参平方メートル
(敷地権の目的たる土地の表示)
所在及び地番 北佐久郡軽井沢町大字追分字東鰍澤弐参番地壱
地目 宅地
地積 参七四〇五・壱六平方メートル
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 追分弐参番壱の弍〇九
建物の番号 弍〇九
種類 ホテル
構造 鉄筋コンクリート造壱階建
床面積 壱階部分 四六・四〇平方メートル
(敷地権の表示)
所有権 壱〇〇〇〇〇分の参六九
右建物の持分 壱四分の壱